
年が明けたとはいえ、冬の寒さは和らぐことはない。窓の外に吹き荒ぶ風は小さな氷の粒を伴い、葉の落ちた樹木にぶつかっては不思議な音を立てていた。
地球ならではの光景と言って良いだろう。作物や交通に影響を及ぼす気象現象を手間暇かけてコロニーで再現する必要は無い。故郷と同じものを望むその心理も理解はできるが、明らかにリスクの方が大き過ぎる。
「あなたも気になるの?」
なのでヒイロの目には当然物珍しく映ったのだが、どうやらリリーナもあまり見たことが無かったようだ。二人分の紅茶を淹れ終わると、窓枠に座るヒイロに向かって声をかけた。
「知識と経験は別だ」
「初めてなのね」
窓を叩き付けるような風の強さや、砕け散る氷のその煌めき。書物や映像情報だけでは得られない、自然そのものがざわめいているかのようなこの感覚。
リリーナでさえ新鮮に思うのだ。ヒイロなら尚更だろう。
「……全てを得ることはできない」
ヒイロは小さくそう呟いた。体感温度が低くなる窓際にいる影響なのか、声も幾分か冷たく響いて聞こえる。
しかし、それは突き放している訳では無く、単に口数が少ないだけなのだ。それを知っているリリーナは直感にも似た鋭さでヒイロの発した言葉の意図を汲み取り、そして微笑んだ。
「そうね……だからこそ、人は、私達は……誰かと、何かを分かち合えることを、こんなにも嬉しく思うのよ」
リリーナにとっての今この瞬間がそうなのだ。
自分から会いに行くにしても居場所が分からず、そもそもスケジュールがそれを許してはくれなかった。偶然会えるとしても任務の時で、する会話も有事への対処をはじめとする業務連絡に近いものだ。
それこそ、初めてと言っても過言では無い。任務も仕事も関係無く、互いの意思だけで時間を共有し、こうして言葉を交わすことができるのは。
「ヒイロ。あなたは?」
「……知ってどうする」
「私がもっと嬉しくなるわ」
「……………………」
あからさまな無言は肯定の表れなのだろう。返ってきた答えはリリーナの予想と相違無い。湧き上がってくる喜びのままにリリーナはくすくすと笑い声を零してていたが、まるで拗ねた子供のようにヒイロが視線を逸らすので、いよいよ我慢できずに肩を震わせた。
「ふふっ……ごめんなさい、意地悪をして 」
「自覚はあるようだな」
ヒイロは小さく息をつくと、流れるように窓から床へと降り立つ。一切の無駄が無いその所作にリリーナは目を奪われていたが、いつの間にか隣を通り過ぎていたヒイロに「それで、」と後ろから声をかけられた。
「飲まないのか」
振り向いて見れば、ヒイロは既にソファーに座っていた。それも、紅茶の置いてある位置の手前に。怪我人だというのに距離のある奥側に腰掛けたのはリリーナを思ってのことだろう。もう少し自分自身を労わってあげて欲しいと思いながらも、胸がくすぐったくなるのは抑えきれない。
「ええ、今行くわ」
気付く度に苦しくなるほどの優しさを持つ人。どうかこの先も、彼の優しさに気付けるような自分で在りたいと。
祈りにも似た誓いと共に、リリーナは初めて二人で過ごすティータイムへ向かうのであった。