WONDERFUL DAYS

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 痛いくらいが丁度良いのだと笑って言われたことがある。少し息の詰まる感覚が幸せだとも。
 その時の表情は確かに満たされているように見え、瞳は安心したように細められていたのはヒイロの記憶に新しい。
 本人の……リリーナの為にも語弊の無いよう補足すると、これはあくまで抱擁についての話である。
 そう、リリーナはヒイロに抱き締められるのがお気に入りなのだ。

「私、とても不思議に思うことがあるの」
 リリーナはヒイロの腕の中でそう呟く。ほとんど息遣いだけで発せられた声ではあるが、肌同士が触れていない面積の方が少ないという状況だ。声は空気のみならず、直接身体を擽ってヒイロの元へ届いてくる。
「何だと思いますか?」
 年相応の無邪気さが垣間見えるその口調に、これは自分の反応に関わらず話が進む流れであると察する。そんなヒイロの予想に違わず、リリーナは自ら答えを口にした。
「あなたと出逢って、殺すと言われて……その時はあなたとこんな風になるだなんて、思いもよらなかったもの」
 あの頃の私が知ったらどう思うのかしらと、リリーナは心の中でそっと笑いながらヒイロの顔を見上げる。
 出逢った頃はそこまで差は無かった身長も、今ではヒイロの方が頭ひとつ分高くなっている。リリーナはそれが嬉しかった。成長や変化に気付くということは、それだけの時間を共有してきたことの表れでもあるのだから。
「今の内に楽しんでおけばいい」
「ヒイロ……?」
 静かにリリーナを見ていた瞳が揺れた。凪いだ水面に感情の雫が落ち、波紋のように広がっていく。いつになくゆったりとした瞬きの後に浮かんだ色は、若干の躊躇いと羞恥。
 その理由を訊ねようとリリーナは口を開いたものの、先に言葉を発したのはヒイロの方だった。
……その内、これが当たり前になる」
 それだけを言うと、ヒイロはリリーナを抱き締める腕の力をより一層強めた。突然のことだったので反応できずにヒイロの胸へ思い切り顔を押し付けてしまったが、頬に伝わってくる鼓動の速さを知り、つられてリリーナの心臓も騒ぎ始める。
「覚悟しておけ」
「ふふ、覚悟ならとっくの昔に決めているわ」
 あなたも知っているでしょう?
 リリーナのいっそ不敵なまでの微笑みに向けられたヒイロの溜息は、果たして観念か感嘆か。またひとつ、リリーナの中にささやかな不思議が生まれた。
 その中身について考えようとしたものの、頬に手が宛てがわれると同時にヒイロの顔が近付いてきたので、ひとまずは目を閉じてかけがけのない『当たり前』を噛み締めようと決めたのであった。
 
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